東北大学病院 放射線治療科

研究活動について

留学報告

ハイデルベルグ大学留学記

武田 賢

2007年10月~12月

背景

山田章吾教授より、平成19年度の日独放射線医学研究交流計画へ参加する機会を頂き、昨年の4-6月、ハイデルベルク大学から当科へ来られたリンデル先生と交換で、10-12月、ドイツ・ハイデルベルク大学放射線治療科に滞在致しました。平成18年迄、ベルリンのフンボルト大学へ留学された当診断科の高瀬圭先生には、渡独前に、生活上の細かな事等、色々とご相談に乗って頂き、期間中は変圧器や携帯電話迄お貸し頂きました。両先生、誠に有難うございました。

ハイデルベルクという街・大学・病院
ハイデルベルクは、人口14万人強からなる南ドイツに位置しており、ドイツ最古のハイデルベルク大学があります。古城やネッカー川を有する美しい景色で有名な観光都市でもあります。
旧市街から歩いて40分・バスで20分位の所にハイデルベルク大学病院があります。大学病院は幾つかの建物に分かれており、デブス教授率いる放射線治療科は、コプフクリニックという脳神経・頭頸部疾患を主に治療する建物の中にあります。放射線治療科のスタッフは、私が滞在していた時点で、医師32名(レジデントや放射線診断医を含む)、医学物理士9名、放射線技師35名より構成されていました。

生活

ハイデルベルク大学放射線治療科のスタッフの殆どはドイツ人であり、当然、日常会話はドイツ語です。高瀬先生からも事前にご教示頂きましたが、看護師・放射線技師には英語を十分話されない方もいます。渡独前の語学力準備不足の為、観光ドイツ語のみでは当然ですが殆ど太刀打ち出来ませんでした。ですので、遣り取りはほぼ英語で行いましたが、ドイツ人にとっても我々と同様、英語は外国語です。英会話教材で読み齧った慣用句を同僚の先生に話しましたら、意味が通じなかったことがあります。英語が母国語ではない方達に慣用句を用いる時は注意する必要があると思いました。
滞在早々、山田章吾教授より、「こちらから何も言わないと無視されますのでそれだけは頑張って下さい」という金言をメールで頂きました。これは病院へ出た初日から痛感しました。勿論、色々と気遣って下さる方も居ますが、大概の場合は、言うべきこと・希望することはこちらから言わないと相手に分かって貰えないのです。日本以外の国では自然なことなのでしょうけれども、一定期間、海外で生活された方でないと実感出来ないかもしれません。滞在出来て良かったと思っております。

病院生活

同プログラム期間中、主にハイデルベルク大学病院における放射線治療業務の流れ・治療計画の様子等の見学に主眼を置いて過ごしました。
平日は、毎朝8時からモーニングカンファランスが始まります。ここでは、毎朝、まず、前日に行われた治療計画の確認がDebus教授によって行われます。教授不在時は、ヘルファース教授(恐らく日本では准教授にあたる)がチェックされます。標的体積の設定については、担当Dr.に一任されており、カンファランスで訂正されることは殆どありません。以前のカンファランスでは、標的体積のcheckも(所謂当科で云うfield check)行っていたそうですが、治療計画数が多数でこなし切れない為、今では行っていないとのことでした。毎昼12時にもカンファランスがありますが、次に、朝・昼カンファ直前迄に紹介された新患や病棟入院中或いは、照射後follow-up中の患者で問題のあった患者について、担当者から簡潔にプレゼンテーションが行われます。カンファランス室のPCがPACSに繋がっており、presenterは、projectorを用いて、25人程の放射線治療医の前で患者のkey filmがすぐ提示出来る様になっています。
新患提示の際は、出席している全放射線治療医師で、照射適応を含む治療方針の検討が数分で行われます。治療医師単独で治療方針を決定することは無く、必ず出席者全員のチェックが入ります。連日2回行われているこのカンファランスで、全放射線治療医が患者情報を共有し治療方針決定に参加出来るのは非常に有益であると思われました。時間があれば、その後、院内カフェで、大体9時頃迄、時間のある医師は、朝食やコーヒー等を取りながら過ごします。実はこの時間帯はとても大事で、リサーチや仕事上必要な情報交換がなされる様です。
当科も含めた日本の放射線治療業務と決定的に異なるのは、ドイツでは、放射線治療医師の治療計画時の仕事は、1)標的体積の描画、2)技師、医学物理士が作成した治療計画の確認・承認により構成されるということです。頭頚部患者のシェル固定等はかなり特殊な場合を除いて医師が立ち会うことはありませんし、治療計画CT撮像は無論、照射野設定、線量計算は全て技師、医学物理士が行います。その後、放射線治療医師がDose volume histogram (DVH)と線量分布を確認し、OKであれば照射開始の指示を行い、もし計画修正を要請すれば、技師、医学物理士は迅速に計画を修正します。骨転移等の姑息照射から、3-dimensional conformal radiotherapy(3D-CRT)、stereotactic radiotherapy(SRT)、intensity-modulated radiotherapy(IMRT)、tomotherapy等、全て上述の過程で施行されています。治療計画室の壁には、患者毎の上記過程の進行を示すtableが表示されており、それを一覧すれば、担当者が不在でも今、計画が何処迄進んでいるか分かる様になっています。頭頚部の照射は殆どIMRTで行われています。データもかなり揃っており、通常は治療計画後1-3日で照射を開始しているそうです(稀な症例は、phantomを作成して、quality assuranceに時間を掛けるそうですが)。
ライナックは全部で5台あり、朝7時から夜8時過ぎ迄、稼働している為、ライナック担当技師は、2交代制で対応しています。
医学物理士をはじめ、医療技術部門の勢力が強く、ドイツでは、法律上、彼らが居ないと放射線治療が出来ない仕組みとなっています。X線透視計画装置で治療計画が行われていた頃は、未だそれ程でも無かったそうですが、CTによる治療計画が行われ始めた90年代より医学物理士の台頭が始まり、照射野設定や線量計算等は彼らが行う様になりました。その後、SRTやIMRT等が出現してからは、医学物理士は専らそれら高精度放射線治療の計画及び実施に携わることになり、通常照射の計画は治療部の技師が担当しています。ドイツには、1台の放射線治療装置に1人以上の医学物理士の配備が法律で定められており、専門家による徹底的な品質管理が義務付けられていると思いました。
小線源治療についても見学しましたが、線源配置や線量計算は全て医学物理士が行っていました。基本的に放射線治療医師の仕事は、診察と消毒等の清潔操作を含むアプリケーターの留置と抜去、及び、医学物理士が作成した治療計画の評価と承認です。治療に要する必要機材の搬入搬出も、全て医学物理士・技師が行います。
各分野の専門家が分担して、各々の領域の業務を行うこのシステムは効率的且つ合理的であり、その境界線は明瞭に引かれていると感じました。
ここの放射線治療医は、年間6週間の有給休暇が貰えます。休暇があまり重複しない様に、かなり前から調整が行われる様ですが、親しくなった先生は、夏季に2週間モナコ・秋季に2週間キューバへ旅行されたとのことです(羨ましい限りです)。

同僚の先生方との交流

リンデル先生が主に施設の説明や案内を行ってくれましたが、他の特に若い先生達も私の疑問点につき親切に教えてくれました。昼食はほぼ毎回、コプフクリニック向いにある職員専用のカフェテリアにご一緒させて頂きました。気の合った先生方には、ご自宅迄、夕食に招いて頂いて一緒に日本の最新の映画のDVDを鑑賞したり、隣町のジャズライブに連れて行って頂いたり、日本で言う専門医試験終了後の打ち上げ会にも呼んで頂きました。クリスマスパーティ(所謂、職場の忘年会です)の開催日が、丁度、私の誕生日であったこともあり、当日出席された方達皆に、「Happy birthday」を唱歌して頂いたのも良き思い出です。クリスマス休暇期間中は、アルザスにある同僚の先生の実家にご招待頂き、欧州の一般の家庭が過ごすクリスマスをご一緒させて頂く幸運にも恵まれました。日本でいえば、家族水入らずの大晦日と正月に参加させて貰った様なものかもしれません。このご家族には心から感謝しています。リンデル先生には、今年5-6月に行われたドレスデンでの研究会でもお会いしましたし、今年のASTROでもリンデル先生の他、ご出席された同僚の先生方が短期滞在されているお家へ夕食に招待頂きました。向こうの先生達と親しくなれたことは、この留学で得た貴重な財産です。今後も、この交流を続けていきたいと思います。

留学生交流

私の居住したゲストハウスには、色々な国から留学されている方が居て、留学生パーティ等のイベントの際、交流する機会がありました。中でも印象的なのが、私の息子と同じ年生まれのお子さんがいらっしゃるユダヤ系の技術者の方です。一家でハイデルベルクに滞在されていて、子供の話題も含め楽しいひと時を過ごしました。

熊本市議の方達と

また、滞在中、ハイデルベルクと姉妹都市である熊本市との親善パーティに招待して頂き、両市の市長や市議の方達と交流する機会もありました。

謝辞

ドイツの放射線治療業務を肌で感じた3カ月でした。日本と比べて、業務の細分化が進んでいるのが印象的でした。X線を発見したレントゲン博士の国ですから、医学物理士の存在が放射線治療の現場で重要な位置を占めるのは自然なことかもしれませんが、欧州の他の国々も概ねドイツと同様のワークフロウを取っているとのことです。
最後に、私を温かく受け入れて下さったハイデルベルク大学放射線治療科の先生方・スタッフの皆様、そして、この機会を与えて頂いた山田章吾教授、当科スタッフの皆様、不在時の事務処理等で多分にお世話になりました医局秘書の皆様に心より御礼申し上げます。